誰も知らない名窯のすべて
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2009 5/31 更新
2009 5/31 2011 1/21 2/6 3/9 全画像アップ 皇帝の密かな楽しみ 北宋徽宗官窯 もう1つの顔 シルクロード 法 興国 即天武后の卵は徽宗さんの手に掛かるとこうなります 唐太宗 メイピン 紅斑 元型を見る 宋代 紅ユウ特に紅斑白磁は宮中では長くご法度(はっと)と見られます 胎土が白いものは開封(首都)官窯で焼かれたもので、きん州の物とは区別されます 写真をクリックしてください 2008 2/11 2/16 更新
きそう帝コレクション 特徴はパロディ ペーソス シニック これが探すヒントです そのせいかどうか悲惨な末期を迎えます 多くはまだご紹介できませんが雛形が唐代であったことは御覧のとうりです 紅斑の使い方は独特です 御題 幼帝 題を徽宗さんが出して月3つ作るもよう おもわずふきだします 画院の教授でしたから絵も自分で入れたか図案の下書きをした模様 写真をクリックしてください 2008 2/11
法 哺乳瓶 H18 義の益利 L18.8 義の天庫 W12 苦の失脱
一見、我が子の死もやや醒めてながめるようですが子の副葬品に 皇帝自ら絵筆を取ったとすれば帝の思いやりが偲べます これら3つが副葬品で幼帝のお墓に入れられたのでしょう 徽宗さんはこの形にひどく喜んだことでしょう 窯人は誰だったのでしょう 徽宗帝みずから丸く色を付けます なぜそう思うか 実は金に都を取られた後 徽宗プライベート品をおおいにはずかしめることが行われたようで いたずらにしては鳥肌が立つ思いです またいずれご紹介しなければなりません 歴史を隠しても 目をそむけてもいけませんから 故事にならう 可愛いてんとう虫と貴妃を呼んだ玄宗の黒可窯の皿(下 左) 徽宗帝は350年ほどのち復古したきんの窯で素晴しい皿をよみがえらせます(下 中) 徽宗帝は誰に与えた(墓に入れた副葬品は法から明らか)のでしょう? やはり家臣でした また自ら絵を描いたと思われる白磁の皿 唐代星神きん磁の緑紅斑の写しですが 唐代では中宗い后が愛息イトク 愛嬢永泰に副葬品として作らせたものでした 徽宗帝はこれらのことは当然承知していた、なぜなら帝が唐代墓を開けたか伝承伝世品で伝わっていたからに他なりません そこには王朝を重ねる文人皇帝達の悲哀 哀歓も重ねられることが分かります 王の苦悩は王にしか分からないもの 旺の磁器を見る心構えでしょうか 写真をクリックしてください |
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李金堂は人間国宝にあたります 名工が6人程います 金堂祖形は唐のようです 恐らく安楽から太平まであたりか |
越磁秘色(ひそく)
呉越秘色 けい 定
柴窯 南唐
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Southern Song Dynasty Guan ware
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